● 百鬼夜行カーニバル - 2 ●

 黒い薄地のワイシャツにジーパン、そんな軽装の上にところどころ包帯を巻きつけた武蔵の格好は、彼の母親と美奈が楽しんで考えたらしい。実際のハロウィン当日は待ち合わせ場所でお互い仮装を披露する約束だったので、今夜仕立てたのは安達母だそうだ。
 ちなみに、その漆黒の長髪を巨大なリボン風に包帯でまとめ上げたのもお茶目すぎる母親だとか。

「なんかお前が包帯まみれだと本当にただの重傷人にしか見えないな……」
「所々にさっきの鼻血が染みててシャレにならない風体だよアンタ」

 そう言う軽尾と香枝は、バカップルの二人と違いそんなに本格的な仮装はしていない。
 そもそもこの待ち合わせ自体、「ミィーがハロウィンをやりたがっているから二人で夜の街に繰り出すんだ!」とか夢見心地で言い出した武蔵に対し、楽土高校の危機を感じて生徒会長直々にこうして乗り出してきたのである。
 それはいくらなんでも大袈裟だと思われるだろう。実際、生徒会メンバーも「会長の杞憂だ」と口をそろえた。

 ――昼間に笑っていた生徒会の彼らにこの出刃包丁を見せてやりたいと、つくづく会長は思う。


 そんな軽尾は真冬用のコートに獣型の耳カチューシャを付けただけの、至ってシンプルな仮装。暗闇に黒耳カチューシャが紛れてしまえば一般人にしか見えないという、そこそこ当たり障りのない格好だ。
 これでも一応はバカップルの趣旨に合わせてやろうとしている辺り、二人のデート(自覚無し)に割り込んできたことへのちょっとした気遣いなのだろうか。

「狼男の仮装なのに、なんでそれ猫の耳なんだい?」
「急だったんだから仕方あるまい、俺の部屋にはネコ耳カチューシャしかなかった」
「なんで男子高校生の部屋にあるんだンな物が」

 「……理由、聞きたいか?」と逆に真顔で問われ、香枝と武蔵はブンブンと首を横に振る。美奈は無垢なまま「軽尾先輩可愛いですねーっ」と笑顔だったが、実際には色々と穢れた理由が満載そうだったので武蔵から「もう軽尾のアレは気にしなくていいぞミィー……!」と強く言い聞かされてしまった。

「まぁちょっとした殺害未遂は起こったが、とりあえず早く行くぞ。既にプランは俺が立ててある」
「あぁ、なんか悪いねぇ、あたしだけ空気読まずにジャージなんかで来ちゃってさ」

 高校の危機を案じて軽尾が同行すると聞き、「それならあたしも」と唯一挙手をしたのが副会長の香枝だった。変質者ロン毛と変態者メガネについていく無垢無防備無警戒な少女を酷く心配した彼女の慈悲は、もはや聖母に近いと言っていいだろう。
 シックで落ち着いた印象を受ける紅色のジャージは、本格的なランニング用らしい。水泳部のエースでもある香枝が放課後まで走り込みをしているのは何の不思議も無いのだが、

「なんだ香枝、それフランケンシュタインの仮装じゃなかったのか?」

「頭にボルトねじ込むぞ眼鏡」

 流石に色気も何もあったものではなかった。
 確かにこの格好は無粋だったかと負い目を感じているので、目の前の眼鏡を殴り割りたい衝動に駆られる右手を必死に理性で抑え込む。その姿はまさに聖母そのものだ。

 しかしどちらにしろこの場にいる男は、愛しの彼女以外の女子など視界を掠めすらしない病的ストーカーと、十五歳以下の少女しか“女性”として認識できないという変態性欲犯罪予備軍の二人のみ。それこそ香枝がどんなに本格的で色っぽい衣装を纏おうが、全く興味の無い軽尾会長はきっと同じ台詞を吐いたと思われる。

「おい、あんまりミィーを待たせるなお前ら。ピラミッドパワーで呪うぞ」

「うるさい重傷人、お前こそ集中治療室に帰れ。……っと、そうだな伊部、ハロウィンのルールはわかってるか?」

「はいっ、『とりっくおあとりーと!』って言って、お菓子をもらいます!」

「うむ、だがいきなり押し掛けた相手に失礼のないようしなきゃならん。最低限のマナーは守って、相手と一緒にみんなで楽しむように」

「はーいっ!」

 全てにおいて無垢だった小学一年生の頃を彷彿とさせる、そんな美奈の挙手と返事。それに満足気に頷いてから、「よし、試しに武蔵相手にやってみろ」とリハーサルの指示を出した。
 毎日毎時間と顔を合わせているくせに、互いで向き合って立つと今更になってソワソワしだす幼馴染バカップル。何故緊張しているのかわからないが、何度か少女が「とっ、ととっとっ」だとか噛んだ後に。

「とりっくおあとりーとッ! お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうよっっ!」

 最初の失敗をまだ気にかけているのだろうか、長身の武蔵に対して上目遣いで、弱って懇願するように精一杯の声にした。赤らんだ頬と少しだけ潤んだ瞳はもう、言うまでも無いと思うが、やっぱり殺人級であって。


「う、をっ、おッ、おぉおをおぉお菓子をあげるからイタズラしてくれええええぇぇ!!」


 愛らしいカボチャ妖精と化した彼女の前で両腕をバッと広げ、そのまま仰向けに倒れていくミイラ男。アスファルトに大の字で倒れた状態で「イタズラっ、ほらっ、イタズラしてくれミィー!」などと興奮している青年は、きっとヒトとして決して超えてはいけない一線をとっくの昔に爆走二トントラックで轢き潰していったに違いない。

「えっ、え!? 軽尾先輩、イタズラしなきゃいけない時はどうすればいいんですかっ?」

「その腐った頭ごと踏みにじれ。俺が許す」

「バカ軽尾っ、それじゃただのマニアックなプレイになっちまうじゃないかい!」

 あの変質ミイラ男なら彼女の靴の裏で踏まれても歓喜の叫びを上げそうなので困る。仰向けになったまま手足を浮かせたりして「ほらっ、ほら!」とか呼んでいるが、一体彼はこの状態でどんなイタズラを期待しているのだろう。できれば想像したくない。

「むっくんにイタズラするなんて、そんな……でも……」

 目の前の大好きな彼が、それを望んでいるわけで。彼が喜んでくれるなら何事も全力で挑戦しようとするのが彼女であって。
 あまり複雑には動かない思考回路で、普段悪いことなんて考えもしない純真すぎる心で、彼女なりに必死に考えあぐねた結果。

 きゅぽんっ、と。
 突如閃いたように、少女は今までずっと持っていたスティックの先端、翼の生えたカボチャ部分を引き抜く。何故かそこから現れたのは、油性ペンの頭。

「美奈ちゃん、何だいソレ……」

「パパが『何か困ったことがあったら迷わず抜きなさい』って言って持たせてくれましたッ」

「なるほどな……伊部家の伝家の宝刀というわけか」
「油性ペンが!?」

 「“ペンは剣よりも強し”と言うだろう香枝、これは武蔵の包丁より強力かもしれん」「え、いや、言うけど! 言うけどさっ!?」と混乱している香枝を軽尾が真顔でからかっている内に、美奈はその仕込み刀、もとい仕込みペンを手に武蔵の元へ。
 愛しの美奈からイタズラしてもらえるのを楽しみに、胸の上で手を組んだまま両目を閉じている青年。少女がしゃがみこんだので、二人の顔は吐息が触れ合いそうな距離。互いの高鳴り過ぎた鼓動が聞こえそうなほど、近くで。

 きゅーぅ、きゅーぅ、なんてくすぐったい音が二回。
 直後に、愛らしい鈴の声音が元気に跳ね上がるように「イタズラ出来たよむっくん!」と告げてきた。青年がカッッと眼球を開き起きあがると、カボチャの妖精が満面の笑みで手鏡を渡してくれる。

 鏡面の向こうには、見事に先端がくるりとカールしたカイゼル髭を描かれたミイラ男が。


「おっ、お――――俺もう一生顔洗わないッッ!!」

「死ぬまでそのバカまるだしの貴族ヒゲづらでいるつもりかお前」

 嬉しさのあまり顔を真っ赤にさせ手鏡を食い入るように見つめる武蔵は、とうとう興奮が最高潮まで達してしまったらしい。くるくるカール髭で。

「よーしっ、イラズラしてくれたミィーにはとっておきの『特製ミィークッキー』だぞ~!」
「わーいッ」

 可愛らしくリボンでラッピングされた袋から美奈の顔型クッキーを取り出すヒゲ青年、嬉しそうに抱きついてはしゃぐ少女。「違う……なんかこれハロウィン違う……」と脱力も甚だしい香枝とその隣の軽尾など、さっきから発言のほとんどがこのバカップルに届いていない。完全無敵に蚊帳の外だ。

「えーっと、その、なんだ……、一応は俺の方でハロウィンの準備をしてくれる場所を手配しておいたんだが、いい加減に行くか?」

「かふびせんぱいっ、みゅっくんのクッキーたぶぇながらでもいいれすかっ?」

「……もうなんでもいいが、ハムスターが頬袋膨らませたような状態で喋るな伊部……」

 ネコ耳な狼男を先頭に、口いっぱいにクッキーを頬張るカボチャ妖精、カール髭を顔に描かれたミイラ男と、あとジャージ、そんな奇妙な百鬼夜行が十月最後の夜を往く。


 この後に会長が連絡を入れていた生徒会メンバーの家を渡り歩き、何故か楽土高校のトップアイドル様まで乱入し歓喜絶叫阿鼻叫喚ご近所迷惑大騒動で生徒会全員が校長室に呼び出された件は、バカップルにとって割とどうでもいい後日談なので割愛する。


――――END――――
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