● 百鬼夜行カーニバル - 1 ●

「とりっくおあとりーとっ!」

 いつも通り元気いっぱいの猛突進で、美奈は夜の駅前で待っていてくれた青年の背中へ抱きつきダイブする。あのバカップル彼氏なら確実に持病のぎっくり腰が再発してしまいそうな衝撃と共に。

「お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうよっ、大好き!」

 純粋で正直な彼女にとってはこれでも精一杯の冗談だ。大好きな武蔵に害を与える気など最初からあるわけも無いので、想いを伝えるようにぎゅーっとその背を抱き締める。お祭りごとが嬉しくて堪らない美奈は普段よりテンション高めらしい。


「あー、そのー……個人的に嬉しいには嬉しいんだが、とてつもなく人違いだったりしないか伊部?」

 背を少女に抱きつかれた体勢のまま、狼男らしき仮装をした眼鏡青年が苦笑を滲ませて振り返る。どこをどう見ても、どのパーツをとってもあのバカップル彼氏と人違いされる要素など微塵も無い軽尾が。

「いや、それが新手の告白なのだとしたら謝ろう、俺は十五歳以下の伊部なら喜んで付き合うぞ」
「かかか軽尾先輩っ!? えっ、あのっ、うぁっ、ご、ごめんなさいむっくんと勘違いしてっ、そそんな付き合っ!?」

 あっという間に耳まで真っ赤になってしどろもどろになる少女を面白そうに観察している軽尾を、ずっと横の駅前掲示板に寄りかかっていた香枝が「美奈ちゃんをからかうんじゃないよバカ」と溜息混じりに叱ってやる。
 「そうは言うがな香枝。あの補導一歩手前ド変質者と人違いされたというだけで、これは人権侵害ものだぞ」、だからこれくらいのジョークは許容範囲なのだと、軽尾はカッカと笑いながら主張する。

 絵本の魔女でよくある黒の三角帽子に、あえて短めの黒マント。胸元にはふわふわのリボンを結び、大分可愛らしくデフォルメされたジャックランタンのアップリケをオレンジ色のシャツに付け、とどめと言わんばかりにオレンジのかぼちゃパンツを履いた美奈は、一目見てわかる通りかなり力の入った仮装だった。
 付属品として先端にカボチャをかたどったスティックまで持っているあたり、もはやどこぞの夢の国遊園地のイベント正式衣装だと胸を張っても遜色無いだろう。

 同性の香枝でさえそんな愛らしすぎる美奈を抱き締めてみたいと思うくらいだ、そんじょそこらの男子などひとたまりもあるまい。たとえば、そう。


 数メートル先で目を見開いて鼻と眼から滂沱ぼうだと紅を流しているミイラ男こと、安達武蔵とか。


「……軽尾、今すぐ死ぬ気で日本から亡命した方がいいかもしれないよ」
「いきなりどうした、そんな断頭台へ運ばれるマリーアントワネットみたいな顔色して」
 嗚呼なんて的確かつ真実な比喩なのだろうと、これから軽尾の身に起こるであろうことを想い嘆いてみた。そして静かに、『殺意』の二文字を背後に浮かばせながらこちらへ向かってくる人物を指差して教えてやる。

「……ミィーと付き合う、だと……」
 長髪の青年から呟かれた言葉は、まるで地獄の底から湧き上がってきた呪詛のように。
 右手があまりの力で震えるほど、銀色の刃を握り締めて。

「ならミィーを骨の髄、細胞の核、DNAの塩基一つ一つまで永遠に愛せると誓えるのかお前はあああぁぁ!!」

 絶叫し、刃物を振り上げ、突然の理解不能な流れに硬直していた軽尾目掛けて一突き。驚いて後ずさった軽尾の背は駅前のポスター掲示板にぶつかり、銀が肌色へ深々と突き刺さる。

「なっ…………は?」
 軽尾の眼鏡から数センチ横、指名手配犯ポスターの顔ど真ん中へ、武蔵の包丁が。
 ついでに言うと、目と鼻の先にある安達武蔵の顔は号泣と鼻血で大変なことになっている。

「ミ、ィが……ミィーがお前を選んだというのなら……っ、俺は去るのみだ……どうかミィーを幸せにしてやってくれ軽尾……さもないとお前を殺――――あ、いや、何でもない、全身粉砕骨折させてからコンクリ生き埋めにして東京湾に沈めるだけだから……」

「なんで言い直しで悪化させてるんだお前は」
「冷静にツッこんでる状況じゃないよ会長ー!」

 ロクな死に方をしないと思っていた軽尾会長にとうとう“その時”が来たかと顔面蒼白だった香枝が、彼に駆け寄る。「……すまん香枝、流石に腰が抜けた。助けてくれ」「真顔で言ってんじゃないよアンタはもうっ」などとやり取りしつつ、掲示板に寄りかかって動けなくなっていた軽尾の肩を担いでやった。
 ポスターへ突き刺さったまま空中停止している包丁を二人で見て、溜息とも深呼吸ともとれる行為を同時にしてから、地面に膝を落として震えている包帯ミイラ男な武蔵へ視線を落とす。

「うっ、うぅっう……っ、今夜もなんて可愛らしいんだ妖精ミィー……まさか外道畜生ド変態の軽尾に想いを寄せていたなんて……っ……秋の月夜に舞い降りた天使、いや今日ばかりは無邪気な魔女っ子ミィーっ、ああぁ眩し過ぎて俺には直視できない……なんで、なんで軽尾なんかぁぁ……!!」

 ミィーの仮装に対する興奮の鼻血と軽尾への悔し涙で、なんだかもう顔面から液体という液体が全てアスファルトに流れていく。彼が俯いているお陰でその表情を見なくて済むのが唯一の救いだろう。

「むっくんっ、違うのむっくん! ボクが軽尾先輩の後姿をむっくんと勘違いして抱きついちゃっただけなのっ。泣かないでむっくんっ、ボクは誰とも付き合ってなんかいないよ!」

「え……そ、そうだったのか! ごめんなミィー、俺の早とちりでっ」

「もう、むっくんの慌てんぼさんっ」

 武蔵の顔をまだ綺麗なヒヨコさんハンカチで拭いてあげてから、改めて互いに抱き締め合って楽しげに談笑するバカップル。そしてそのすぐ横で指名手配犯写真の鼻に突き刺さったまま銀色に煌めく凶器。

「……俺、今日は帰ってもいいか……?」

 流石に今夜ばかりは心が折れてしまった会長の背を、優しくさする副会長。耳元で彼に「こんな二人だけを夜の街に放せないだろ軽尾……」と囁いたら、レンズの奥の瞳は泣きそうになっていた。



「――で、これは何だか答えてみろ武蔵」

 ミイラ男をアスファルトに正座させた、生徒会長狼男の説教中。カボチャの妖精らしき美奈にもいっそ正座させようと思ったのだが、「ミィーの衣装を汚したらハロウィン血祭りを起こす」などと性懲りもなく物騒なことを武蔵が言い出したので、少女はミイラ男の膝の上にちょこんと座っている。
 武蔵が自分の膝の上の彼女とイチャイチャデレデレしたまま全く反省が感じられないので、首に巻いてある包帯を思いっきり引っ張って軽尾は顔を怒りで痙攣させる。

「可哀想に頭のネジが全部吹っ飛んでいるキミが持ってきた、こ、れ、は、な、ん、だ、ね?」

「何って、真っ暗な夜にミィーを出歩かせるのは危ないから、変な男に襲われた時の護身用に」

「護身用の出刃包丁なんてあってたまるかッ、正当防衛も真っ青だわこのド変質者が!!」

「なっ、お前みたいな変態に変質者と言われる筋合いなんて無いっ!」

「今夜ばかりは筋合い大アリだと思うよ安達……」

 今にも包帯でミイラ男の首を締め上げようとしてる軽尾を、後ろから羽交締めにして香枝がなんとか制止していた。ずっとこの場にいながら何故軽尾が激怒しているのかわからない美奈も涙目で「むっくんが死んじゃいますーっ!」と懇願し軽尾の胴にしがみ付く。

「むっくんも、もう包丁なんてお家から持ってきちゃダメだよっ?」
「ミィーがそう言うなら……で、でも俺は……」

「絶対ダメだよっ、むっくんのママさんがお料理できなくなっちゃうからね!」

「あぁなるほどわかった! お袋のことまで気遣ってくれるなんて、どこまで心優しい天使なんだミィーはッ!」

 「絶望的にわかってねええぇぇ!!」と叫ぼうとした軽尾の口を、心の底から同情の涙を流しながら香枝が手で塞ぐ。「軽尾、わかる、わかるけど……っ」と自身も握り拳を固めてぐっと堪えて。
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