依頼2-2 『カラスも鳴かずば殴られまい』

  factor.2『カラスも鳴かずば殴られまい』  

 錆びついたシャッターを押し上げると、埃と暗闇が充満した地下へ、初夏の日光が差し込んでいく。コンクリの階段に伸びるのは、大小二つの影。
 所有者に捨てられて久しい廃ビル、ましてその裏口にある業務用の地下階段だ。ネズミの気配すら無い穴蔵あなぐらに、肌からではなく心が冷気を覚える。

「ちっ、相変わらず喉に悪ィなここは」
「清潔感とは無縁だよね、先生の病院……。今度お掃除に来てあげようかなぁ」

 純也じゅんやは青いキャップ帽を脱ぎ、リュックサックにしまいこむ。小学生サイズと言っても通用してしまうパーカーTシャツといい、ほとんど遠足の装いだ。
 片や遼平りょうへいはと言えば、人を蹴り殺せそうなアーミーブーツを鳴らし、カーゴパンツに両手を突っ込んでズカズカと降りていく。

 遼平の口元に灯る煙草たばこを追い、純也も階段を下りきる。砂埃などよりよほど喉に悪いニコチンが、男の溜息に混じった。


 事の発端は、二日前の夕方。本社から呼び出しを受けた部長が、僅か半日でげっそり痩せこけて帰ってきた。

 長ったらしい話を要約するに、「しばらく本社の下働きをしろ」ということらしい。とりあえず上司を一発殴ってみたものの、遼平にとっても、今は切実に金が要る。
 仕事は選んでいられない――何事にも怠惰な遼平が、珍しくそんな決意をした直後。目に飛び込んできた依頼人名に、思わず「やってられっか!」と机ごと部長を蹴り飛ばしてしまった。

 『炎在えんざい 獅子彦ししひこ』。
 この男こそ、遼平と純也から生活費の一切を巻き上げた張本人なのだから。


「遼、やっぱり無理しなくていいよ? 少人数でいい、って書いてあったし、僕ひとりでも……」
「うるせぇな、ここまで来たら二人分の料金をぶんどってやるんだよ。ったく……なんでよりにもよって、こっちの依頼を引き受けたんだ」

 希紗たちが受け持った仕事の方が楽そうだった、と依頼書の中身を読んでもいないのに不満を垂れる。
 部長にはフォックスからご指名の雑用が入っているとかで、残り二つの仕事分担は部下たちに任された。……と言っても、一方の依頼者が皆よく知る“あの闇医者”だったせいで、ほぼ消去法だったのだが。

 唯一、「獅子彦先生からの仕事に行きたい」と挙手した純也に、全員が目を剥いた。純也自身は一人で引き受けるつもりだったが、何故だか遼平も行く流れになり、こうしてぶつくさ言いながらも先を歩いてくれている。

「あの獅子彦どケチが、人に金を払ってまでやらせようとしてる仕事だぞ? ヤベェ内容に決まってる」

「うん、だからこそ、何かよっぽどの事情があるのかもって……。そっか、遼も先生のことが心配で来てくれたんだね」

「どう受け取ったらそーなんだ、耳にタンポポでも生えてんのか!」

 言って、少年の両耳をぐりぐりと引っ張ってやる。痛いよやめて、とじたばたする様が面白かったので、もう少し遊んでやろうと意地の悪い笑みを浮かべた、その時だ。

 小爆発のような金属音が、地下に響き渡る。
 驚き通路の先に振り向けば、思いきり足蹴にされたことで壁に叩きつけられたドアと、落ちる蝶番ちょうつがいのネジ。真横に伸びていた脚が室内へ戻っていき、次にそこからぬっと現れたのは恨みがましい顔。
 ゴワゴワした黒髪の後ろをゴム一つで束ねた、無精髭ぶしょうひげの中年男だった。

 傾いたドアへだるそうに掛けた手と、噛み潰された煙草と、そのサングラス越しでも伝わる憤怒と。

「……オイそこの一文無し。ここを何処どこだと思ってんだ、院内では静かにしろ。それともその口縫合ほうごうしてから、無意味に全身切り開いてほしいのかお前」

 薄紅の染みがこびり付いた白衣で、息継ぎの間さえ惜しむように一直線で詰め寄ってくる。その威圧感たるや、あの遼平が壁にぶつかるまで後ずさりする程だ。
 顔を近付ければ自然とサングラスの向こうに双眸が透けて見えるが、今更そんな確認をせずとも、相手の虫の居所が最悪なことは明白だった。
 懸命に目を逸らそうとする遼平の毛先に、吸えなくなった煙草を押し付けて。

「これだから、近頃の若造はマナーがなってない。育て親の顔が見てみたいもんだ」

「……それはお前に鏡を突きつければいい、っていう高度なギャグなのかよ。獅子彦」

 忌々しげに吐いた遼平の前で、「あぁそうだったなー」とこめかみを押さえ吸殻を放り投げる。
 純也が「おもちゃの手鏡なら持ってるよ先生!」とリュックを漁り始めたので、苦笑いを零しつつ、ツギハギだらけの手を軽く頭に乗せてやった。

「はぁ……こっちはデカい仕事明けで疲れてるんだ。頭痛に響くから騒ぐな、この不良息子。どうせツケを払いに来たわけでもないだろ、俺に何の用だ?」

 裏社会での争いによる怪我人を治療するのが、闇医者の主な仕事である。
 その中でも群を抜いた腕前で、『死体以外は必ず治せる名医』と評され――その後に皆『だが奴に診せるくらいなら殺してくれ』と口を揃える、悪名高いぼったくり病院がここだ。

 影の住人たちいわく、わざと命を助けて、患者が借金苦であえぐ様子を楽しむ悪魔とか。支払いが滞ると、生きたまま臓器を売り飛ばされるらしいとか。
 冷酷無比でおなじみの守銭奴しゅせんどであり、しかも、彼の一番厄介なところはそこ“ではない”。

「先生、実は僕たちが今回、」

「なんだ、俺の依頼が中野区支部おまえらに押し付けられたのか。真め、また風薙かぜなぎのジジイに良いように使われやがって」

「俺はまだ、お前の仕事を受けるとは決めてねーからな! 今は仕方なく、」

「はいはい純也が心配で付いてきたんだろ。おつかれつんでれ」

「ちちち違ぇーし!!」

 遼平が振り下ろした拳を見もせずにかわし、獅子彦は「うるせえっつってんだろうが」と逆に張り手ではたいた。 

 彼がこの社会で異形たる所以ゆえんは、生まれつき双眼に備わった力――読心術にある。
 文字通り、目を合わせた相手の心を読み解く、単純にして反則級の異能だ。

 遼平は苦々しく、純也は懇願するように、ただ視線を向けてくる。先月の請求額のせいで、二人がパンの耳をかじり日々をしのいでいる様が、獅子彦にはありありと読めた。

「相変わらずひもじい生活してんなぁお前ら。『パンが無いなら点滴を打てばいいじゃない』って昔の偉い医者が言ってたぞ、どうだ今なら一割引きで」
「これ以上僕たちから搾り取らないで……!」

 元々、中野区支部に仕事が舞い込むこと自体が少ない。しかも怪我をする度、この闇医者から治療費をぼったくられ、二人の家計は常に大炎上火の車なのである。

「それじゃあ、とっとと仕事の話をしちまうか。裏警備員さんよ」

 皮肉る声音で白衣をひるがえし、自分で傾けたドアをくぐっていく。
 二人も散々世話になっている、安っぽい蛍光灯が照らす診察室だ。
 棚に収まりきらないカルテが散乱し、臓器でも詰め込まれていたかのようなクーラーボックスは置かれっぱなし。ふと足元に視線を落とすと、血液が付着したままのメスが転がっていたのだが、これは見なかったフリをした方が良いのだろうか。

 内心『こういうところは遼そっくりだなぁ……、いや遼が先生に似たのかな?』なんて感想を抱いていたら、「残念ながら、そいつの物臭っぷりは生まれつきだぞ純也」といきなり返されて驚いた。

 地下に引きこもりながらあんなサングラスをしているのは、“相手と目を合わせた瞬間”を勘付かせないためなのだろう。だが目元を隠しても、その口角を歪めた笑い方は遼平と瓜二つだ。本当に血が繋がっているのではと、思ってしまうぐらいに。

「ではまず報酬について話そう。依頼書で提示したのは、あくまで手付金だ。依頼が成功した場合は、そうだな……お前らの『先月のツケを半分に』、でどうだ?」
「えぇ!?」

 純也は目を丸くして、思わず大きな声を出してしまった口を両手で抑えた。遼平宅の財布の紐を握っている彼だからこそ、示された金額の莫大さがわかる。
 ほのかに青ざめた顔で、少年は生唾を呑んだ。

「お仕事の内容は……」
「詳細は、依頼を受けた者にしか話せない。既に何人もここへ担ぎ込まれている案件でな、医者の守秘義務ってやつだ。どうする、受けるか?」

 軋む回転椅子に腰掛けた闇医者が、手に掲げたのは一通の茶封筒。
 先に巨額の成功報酬を示してきた時点で、極めて危険性の高い内容であろうことは推察できた。加えて、承諾前に内容を話せない依頼とは、往々にして“その報酬額ですら割に合わない”ケースだ。

 少年は返答に詰まり、ぎゅっと拳を握る。

 初めから、純也に「依頼を断る」という選択肢は無い。
 先月の仕事で誰よりも重傷を負ったのが純也で、それゆえに遼平もろとも高額なツケを作ってしまった。居候させてくれている遼平に生活費を納めようと、同じ職場に入れてもらったというのに、これでは本末転倒だ。

 だから、せめて。自分のせいで膨らんだ負債は、彼に迷惑をかけずに返さなければ。

「……わかりました。そのお仕事、僕が引き受けます。でも遼は――」

 意を決した純也が顔を上げた時、そこには獅子彦の手からぶんどった茶封筒を、ビリビリと開封している遼平の姿があった。

「いや勝手に開けちゃダメだよ!?」
「別にいーだろ、どうせ受けんだから」

 買っていない商品をレジ前で開ける子供のように悪びれなく、男は書類を取り出し、用済みの封筒を投げ捨てる。
 遼平が内容を読んでしまう前に書類を取り返そうとするも、腕を高く掲げられては、どうしたって純也の背では届かない。懸命に飛び跳ねてまで両手を伸ばすが、相手は紙一枚を指に挟み、愉快そうにひらひらと遊ばせるばかり。

 じわ、と広がった熱が鼻梁びりょうを突く。
 純也がそれに気付いた時、既に遼平はしまった、という顔で動きを止めていた。間を置かずして、目尻に溜まった滴が落ちる。

「おまっ、なにも泣くことねーだろ、こんくらいで……いだっ」

 わかりやすくうろたえる二十一歳児の後頭部を、獅子彦が医学書の角で殴る。そうして遼平を押しのけると、声を堪えている純也の髪に、そっと手を乗せた。

「ごめ、なさ……っ、ちがうの、ぼく……」
「悔しいんだろう? 大丈夫、わかるさ」
 遼平に怒っているわけでも、悲しいのでもない。これはむしろ、その対極に位置する想い。

 何にも怯えず、ためらいもしない、遼平の力強い体躯たいく
 それにひきかえ、白く小さなこの手の、なんと弱々しいことだろう。届かない身長差が、そのまま力の差に見えて、不甲斐なさが頬を伝う。
 いつだって護られ助けられるばかりで、しかもそれに安堵すらしている、ちっぽけな自分が嫌いだった。

「……けどな純也。お前はもうとっくに強いんだぞ?」

「でも、遼や、みんなみたいに、戦えなくて」

「あー違う違う、そっちじゃなくてな……ま、遼平のそばにいれば遠からず気付けるさ。だから一緒に行きなさい。大体、お前一人であの額を返そうってのが無理な話だしな」

 目元を拭い、赤らんだ顔を上げた純也に、獅子彦は穏やかに頷く。
 ……なにやらイイ話っぽい雰囲気をかもし出しているが、元はと言えば。

「っつーか、お前が遠回しの殺意みてぇな額でぼったくるからじゃねえか!」

「それはそれ、これはこれだ。世の中ってのは全て金で回ってるんだぞ、俺の原動力も金だし。だが“可愛い方の息子”がこんなに苦しんでたら、かわいそうになるだろー。だからお前も働け、可愛くない方の息子」

 遼平には絶対見せない笑みで純也の頭を撫でてから、首だけをこちらに向け、出来の悪い子供を見る目で舌打ちのオマケ付きときたものだ。
 「純也と俺とで態度違い過ぎだろヤブ医者ぁ!」「お前のどこに一つでも褒められる要素があるってんだこの社会不適合者ぁ!」などと取っ組み合って残念な親子喧嘩おやこげんかを始めるものだから、その拍子に遼平が放り投げた書類を、純也は焦って拾いに行く。

 それは、新宿区の地図だった。
 所々に赤いバツ印が付けられており、特に中野区との境界、西側に集中しているように見える。

「これは……」
「患者から聞き出した、被害現場だ。詳しい内容は本人たちに聞いた方が早いな」

 獅子彦は早々に遼平から手を離し、「ついてこい」と口角を引き上げる。急に相手を失ったせいで、顔面から転倒した息子には一顧だにせず、さっさと診察室を出て行ってしまった。
 小走りで、薄暗い廊下の先の白衣を追う。純也もすっかり常連となった入院部屋エリアであるが、あまり長居したい場所ではない。


 ――二年前。
 路地裏で行き倒れていたところを遼平に救われるも、少年からは『じゅんや』という名前以外の全てが抜け落ちていた。初めからそんなものは存在しなかったかのように、帰るべき場所、家族の輪郭すら思い出せずに。

 その後、しばらくはここ獅子彦の病院でケアを受けていたものの、白い病室が無性に怖かったのを覚えている。からっぽで寂しいそこは、少年の心を映したようで、毛布にくるまり泣くことしかできなかった毎日を。


 やがて病院の主の足が、最奥に位置するドアの前で止まった。そこは確か、大量の負傷者を受け入れられる、最もベッド数が多い部屋のはずだ。
「……いいか。ここで見聞きしたことは、他言無用だからな」

 獅子彦が陰鬱な表情で扉を開き、広がる光景に遼平は言葉を失う。
 並んだベッドには誰一人寝ておらず――そこら中で老人たちが自由気ままに喋り、まんじゅうを頬張ほおばり、テレビの映りが悪いと文句を垂れていた。

「……お前んとこ、老人ホームはじめたのか」
「はじめてねえよ……」

 獅子彦の顔を見るなり、「あらあらお昼かしら」と杖をついた老婆が近付いてくる。

「さっき朝飯だしたばかりだろトヨ婆……。そうじゃなくてな、例の件。対処できる奴らを呼んできたから、事情を話してやってくれ」

 背後にいた二人を押し出すようにして、獅子彦は一歩下がる。説明を求める遼平の目を完全無視して、後は任せたと言わんばかりに。
「あらまぁ助かるわぁ! みんなー! プロの方がいらっしゃったわよぉー!」

 十人ほどの老人が一斉に振り向き、ぞろぞろよろよろと、ゾンビの足取りで群がってくる。

「先生、こちらの方々は……」

「西新宿五丁目町内会の皆さんだ」

「えっと、そういう名前の裏組織とか……?」

「ただ近所に住んでる爺さん婆さんだ」

 質問を重ねたのに、謎しか深まらなかった。
 隣で呆気にとられている遼平も同じ感想だろう。この、見るからに普通で無害な老人たちと、ダーティーな闇医者との接点が全く浮かばない。

「おぉ、こんなにも若いお人が! どうかわしらを助けてください。皆も返り討ちに遭い、万策尽きてしまって……」
「いったい何があったんですか?」

 白髭しらひげの老人にひっしと手を取られ、純也の瞳は気遣いに曇る。表社会側の、ただの高齢者ならば尚更、理不尽な暴力からは守らなければ。
 取り囲むように並んだ被害者たちが、身振り手振りでその脅威を語りだした。

「もう二ヶ月程になるか……奴らが増えてから散々だ。道は汚すし、昼夜問わず騒ぎおってからに!」

「あのゴワゴワとした墨色の羽!」
「ギラギラした凶暴な牙!」
「ふにふにの肉球!」

 ついには組体操じみた動きで再現しようとしてくるのだが、何の話かもわからない警備員たちにしてみれば、魔界のモンスターとしか思えない。西新宿にはキメラでも出現すると言うのか。

「違うだろトヨ婆! 奴らがゴミを荒らしているんだから、もう可愛がるなって言ったじゃないか!」
「少しぐらい良いじゃないかい、昔から住み着いてた子も居るんだからー」
「どうしていきなり増えたんかのお……。カラスや野良犬、猫たちも、昔はこんなに居なかったんじゃ」

 町内会長らしき男性が顎髭あごひげを撫でながら、溜息混じりに部屋の隅を指す。
 そこに積み上げられていたのは、何に使うのかも良くわからない、不出来なおもちゃじみた品々だった。

「害獣駆除に役立つと聞いて買った、罠とスプレー剤もあの通り、惨敗の有様でしてな。ゴミ捨て場や庭先、洗濯物まで奴らに荒らされ放題。それを追い払おうとしたところ、ギックリ腰に……」
「あたしゃカラスに驚いた拍子に転んじゃってねぇ……」

 「俺もリウマチに」「持病のしゃくが」列挙される症状は、ほぼ加齢によるものと思われたが、純也は気遣いでそっと口をつぐんだ。隣で遼平が「それ歳のせいだろジジイ」と指摘したので全て無駄になった。

 事情を聞けば聞くほど、普段の獅子彦であれば門前払いしそうな患者ばかりだ。そもそもこの地下病院とて、一般人に見つかるような造りではないのに。

「しっかしわからねーな。お前がこんな、金にならねぇジジイ共を治療するなんざ」

「仕方ないだろ……。ここの面々は、俺の曾祖母ひいバアさんと顔見知りでな。むげに扱えば俺がどやされる」

 初めて聞いた親族の話に、息子たちは揃って目が点になる。思わず獅子彦に背を向け、顔を寄せて声を潜めると。

「……先生って今年で三十四だよね? その曾お祖母さんってことは、確実に百歳を越えてるんじゃ……」
「やっぱアイツ人間じゃねーんだよ。『ナントカ族の生き残りで~』ってマンガみてぇなこと言い出すんじゃね?」
「それ遼にも全力で跳ね返ってくるんだけど、渾身の自虐ネタだったりする?」

「まるっと聞こえてるからなお前ら」

 人の心が読める眼も、蝙蝠こうもりの言葉が聴き取れる耳も、ビックリ能力という意味では大差無いだろうに。そう他人事のように思う純也自身も、人間業にんげんわざとは言いがたい特技を持つため、皮肉にもトンデモ超常現象には慣れつつある二人だ。

 「とにかく!」と咳払いをした獅子彦が、用は済んだとばかりに警備員たちを部屋から引っ張り出す。ただでさえ実年齢よりくたびれている闇医者の顔に、どっと疲れが滲んでいた。

「今回の仕事は、西新宿の害獣退治だ。野生担当の遼平が居れば楽勝だろ」

「警備員にンな担当ねぇよ」

「どうせ警備会社なんて名ばかりな便利屋じゃないか。頼んだぞ……俺の病院が今後、婆さん共の集会所と化すか否かは、お前らの双肩にかかっているんだからな……!」

「よし純也、バックレようぜ」

 そこから始まった残念な親子喧嘩(第二ラウンド)は、いつも通りの割愛すべき泥仕合だった。
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