● 星に願いを、するまでもなく - 1 ●

「灯りをつけましょぼんぼりにイィィ!」
「それはひな祭りだ」

 色鮮やかな折り紙を物凄いスピードで笹飾りにしていく友人の歌に思わずツッこんでしまってから、生徒会長は軽く後悔した。
 美声かつロック調ヘヴィメタルという前代未聞なひな祭りの歌をせっかくなので聞いておけばよかったとか、「七夕はこの歌じゃないのか……!?」というバカ全開な友人の視線に説明を返してやるのが非常に面倒臭いとか理由は色々だが、とりあえず。

「ったく、今のお前に声をかけることすら阿呆らしい。大人しく作業を終わらせろ、報酬カットするぞ」
「なっ、一生懸命やってるだろうが! 誰の為にお前ら生徒会の仕事を手伝ってやってると……っ」

「他でもない自分自身の為だろう、武蔵。生徒会の仕事が早く終わる、イコール生徒会長の俺が部活でより活動できる、イコール合唱部の練習が早めに終わる、イコールで結果的にマネージャーに休みが増えてお前らが長くイチャつける、と」

「ちちちち違っ、ミィーとイチャつくだなんてそんな不埒なっ!? おおっ、俺はただ、ミィーが疲れないように休みが増えればと思ってッ!!」

 表情をコロコロと変える同級生の横で、軽尾生徒会長は感情を出すことすらくだらないとでも言いたげに無表情で笹飾りを作り続けていく。
 元はと言えば確かに軽尾から持ちかけた話で、『校内の昇降口に七夕の飾り付けをしたいが生徒会の人員が足りない、これが早く終われば俺が部長である合唱部も早く終わるので結果的にマネージャー伊部美奈も楽になるのに』と随分と遠回しな報酬を提示してやったところ、案の定即座に手伝いを申し出てきた善良なバカ彼氏がこいつだ。

「大体な、涼しい顔してお前が作ってる飾りソレ何だ! 無駄にクオリティ高いんだよなんで幼女のイラストオンリー!?」

 彼だけイラスト向けの特殊なペン(コピックとか言うらしい)大量持参で、しかも極端に好みが分かれそうな二頭身の女児イラストしかさっきから描いていない生徒会長はどうなのだろう。指先の可愛らしい二次元幼女と、ひたすら事務的表情で描いていく眼鏡青年がこの上なくギャップに満ち溢れ、ある意味怖すぎる。

「せっかくの七夕企画だ、可愛らしくかつ独創性に富んでいたいだろう。この赤髪ポニーテール娘がさそり座、クリスチャンなアルビノっ娘が白鳥座、まだまだ未発達ながら美しい腰のくびれをしているのがオリオン座だ。ちなみに年齢は女性の理想像として全員幼稚園児設定だが何か?」

「まず星座を幼女に擬人化してるお前の趣味嗜好が理解できねぇよ! そしてオリオン座は冬の星座だッ!」

「はんっ、『冬季幼稚園から転園してきた美幼女園児』という設定なら充分イケるだろうが」
「それがオール妄想の時点でどこにもイケる要素が見当たらないんだが!?」

 勝ち誇った表情で眼鏡を押し上げるこの生徒会長が、ロリータコンプレックス至上主義者であることを知っている者は、残念極まりないがほんの一握りしかいない。この幼女イラストも、一般生徒達はまさかあのカリスマ会長が描いたとは夢にも思うまい。

「それなら俺も言わせてもらうがな、お前の作る織姫と彦星の人形は何だ? ボブカットの織姫もロン毛の彦星も聞いたことないが」

 軽尾が指差した先には、武蔵がピンセットを使ってまで作り込んでいた折り紙の人形がある。やはりこちらも尋常ではない完成度で、だ。
 髪の毛一本一本まで細かく、どう折り込んだのかわからないほどの羽衣の重ね着具合はもはや細工品の域、そして織姫も彦星も顔にどこか見覚えがあるような。

「ざっ、斬新でいいだろ二人だって何百年おきにイメチェンが必要だろう! それに彼女にはボブカットが一番可愛いに決まってるんだ……!」

「そうかそうか、伊部にはボブカットが一番だからそう作ったのか」

「あぁそうとも! 清純かつ甘い香りのするふわっとしたミィーのボブカット! 最上に最高だっ! ミィーこそ純白天使ッ、究極プリンセスッ、俺の超織姫!!」

「ボブカットの良否云々以前に、自分を彦星に重ねて身悶えているお前の変態性について日が暮れるまで問い質したいな」

 自分の細い身体を抱き締めてくねくねと嬉しそうな武蔵を、酷く冷めた目で見やりながら軽尾はコピックを指で回す。双方、互いのときめき対象には至極興味が無いので永久に解り合えない二人である。

「乳幼児まで狙う犯罪予備軍に言われたくねえぇぇぇ!!」
「彼女公認だからって付け上がるなよ毛髪採取までするストーカー野郎があああぁぁ!!」

 そこから「まずソレだ! その女々しいロン毛をまず切れ! もういっそ俺が切るッ!」とロリコン会長が画用紙を切っていたハサミを掴めば、「汚らわしい手で触れるんじゃねえ! この髪はミィーだけのっ、俺の身体はミィーだけのものだああぁぁ!!」などと一メートル定規を振りまわしながら逃げようとするバカップル彼氏。

 だが一メートルの抵抗も空しく、運動神経が限りなくゼロに近い青年は背中から馬乗りされて身動きがとれなくなる。彼の頭上でキラリと夕陽に反射する眼鏡のレンズ。
 男のくせに気持ち悪いほどサラサラしていて手入れ万全な武蔵の長髪を無造作に引っ張る軽尾も知っている、美奈がたった一言「むっくんの黒い髪、真っ直ぐでツヤツヤしてて大好きっ」と無邪気に言ってしまったせいだと。

「クククッ、暴れなきゃ痛くはしないよ子猫ちゃーん?」

「イヤアアアァァァッ、俺の愛っ、十八年の恋が穢されるうぅぅぅ!!」

「……伊部が十五歳なのに何をどうしたらお前の恋は三年増しになれるんだ」

 悪ノリしていた会長のテンションは、それを遥かに上回る長髪青年の本気の半泣きっぷりに一気に下がった。もう馬乗りしている軽尾の方は完全に切る気を喪失したというのに、それでも全力でジタバタ抵抗して勝てない十八歳は如何なものなのだろう。
 三年差である武蔵と美奈だが、『ミィーが小母さんの胎内にいる頃から鼓動に恋し、元気な足蹴りを愛していた』とは彼氏談。

「俺の愛は生まれた時からだっ! いやむしろ前世からミィーを愛してたんだ、そうに決まってる! 四十六億年の俺の恋をお前は断てると言うのか!?」

「よし、とりあえずお前が案の定地球外生命体であることはわかった。地球の為に星になれ」

「それは断髪と言うより絶命っ!? うああああぁぁ俺はそらから永遠にお前を見守っているぞミイィィィィイィ!!」

 背に乗ったままの軽尾が既に呆れ顔でハサミを投げ捨てているのにも気付かず、床に泣き伏して「俺は先にアルタイルになってるからなあぁぁ……っ」とか嗚咽を響かせている頭がかなり可哀想な彼氏をどうにか出来るのは、やはり。


「どうしたのむっくんー!? もう泣かないでボクもずっとむっくんのこと見つめてるからああああぁぁっ」

 両腕いっぱいに笹を抱えてきていた少女が、それを全て落としてまで涙目で駆け寄ってきた。会長に言わせれば、野郎を泣き止ませず済んだのでなんというグッドタイミングか。

「い、いいんだミィー、お前の幸せをずっと見守っていられるなら、俺は夏の夜の一等星となってお前を照らし続けるからっ……ヒック……っ」

「ダメだよむっくん! お星様の明かりって弱いからボク照らしてもらえないっ、どうしよう!?」

「くそおぉぉ繁華街の無駄なネオンめ! 大気を汚す排気ガス共めっ! お前らがどんなに邪魔をしようと、俺の命の輝きは地上のミィーのもとに必ず届くからなああああぁ!!」

「どんな障害があってもむっくんを見つけるっ、どんなに遠く離れてもボクとむっくんは繋がってるんだねっ!」

「あぁ大好きだミイイイィィィ!!」
「むっくんボクもー!!」

 ……前言撤回。
 会長の疲労度は確実に十割は増した。当社比だが。
 一見すると馬鹿が二人に増えただけだが、単純に厄介さが二倍になったのではない。バカップルというのは互いに相乗効果でバカのハーモニーを奏でる為、二乗以上の不快指数度を実現させるのだ。

 未だに軽尾に全体重で乗られている状態で、武蔵はうつ伏せのまま美奈と両手をがっしり握り顔を寄せ合い感動し合っている。
 この奇妙な三人の体勢を一瞬見ただけでツッこむ気も失せたのが、美奈と一緒に笹を運んできた香枝副会長で。

「……会長、一体何がどうなってそこに行き着いたのか、句読点も含め簡潔に十文字以内でまとめとくれ」

「うむ、『馬鹿に巻き込まれた。』」

「相変わらず完璧だね軽尾、性癖以外が」

 赤茶団子髪の副会長は、折り紙と画用紙が散らばった机の端に笹を山にしながら溜息混じりに言う。視界の隅に大量の幼女飾りと我が校を代表するバカップルそのままな彦星と織姫人形が映ったので、やはりこの二人に任せるんじゃなかったと後悔の念に激しく襲われつつも。

「昇降口に飾るモンだしもうちょっとアンタらの理性が勝つと思ってたんだけど、見事に期待を裏切ってくれてありがとうねぇ。あぁもう下校完了時刻まで時間も無いし、コレでいいからさっさと飾るよ!」

「笹だけにか?」

「くだらないこと言ってんじゃないよ犯罪予備軍会長!」

 「なんかそれだと俺が犯罪予備軍のリーダーみたいで格好良いな」などと笑いながらやっと立ちあがった軽尾の頭を、手元にあったクリアファイルで一発叩いてやる。そのファイルさえスクール水着女子がプリントされた物であったと気付いた時の香枝の嫌悪顔は、夏休み明けに自分の机の中から出したノートにゴキブリの死骸があったのを見てしまった時に似ていた。
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